最善より次善 完璧であるより迅速たれ
「それが最善の策であるか判断できない。だからもっと調査する必要がある。」
これは、多くの会議の席上で意思決定を延期する理由として言われる言葉だ。
でも、さらに詳細に検討したから、最善の策が見つかるのだろうか。見つかった
として、それを見つける間に、時間=コストを使ってしまい、時期を逸してしま
う可能性が高まるのは確実だ。
もちろん、ろくに検討もせずに意思決定するのは誤りである。だが、検討にコス
トと時間をかければかけるほど、得られるものは少なくなることが多い。
例えば、新規事業を立ち上げるとしよう。そのためには概算で10億の先行投資
が必要とする。今すぐに実行すれば、先行者利益が発生し、短期間でこれを回収
できる見込みがあるとする。実行を遅らせると、おそらく競合他社が参入するた
め、先行者利益は得られず、時間をかけなければ投資は回収できない。
さて、このときに、先行投資が、正確には9億5千万か、10億5千万なのか、
正確にはわからないと言う理由で、意思決定をのばすだろうか。
あるいは、正確な見積をするためだけに、追加で1ヶ月1千万のコストが必要と
するとすると、その見積を意思決定の前におこなうべきだろうか。
あなたは笑うかもしれない。「多かれ少なかれ誤差の範囲で回収できることはわ
かっているのだから、今意思決定するに決まっている。」
でも、私は、多くの会社が似たような状況下で、意思決定を遅らせるのを見てき
た。とくに伝統的な日本企業では、このようなことは日常的に行われている。
女の子が夢見る「白馬に乗った王子様」と同じように、「どこから見ても最善の
策」というのは、この世の中にない。あるのは、「現在の状況下での最善と思わ
れる策」だけであり、現在の状況は時がたてば変わる。どう変わるかは予想しが
たい。だから、限定された情報をもとに、タイミングよく意思決定すべきだ。
分析スキルを高め、問題を整理し、説得力ある解決策を提示するのは、まさに、
そのような迅速な意思決定のためだ。
「絶対に失敗しないとわかるまで判断を保留する」ためではない。


